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札幌地方裁判所小樽支部 昭和41年(ヨ)124号 判決 1967年1月31日

申請人 山市良平 外一〇名

被申請人 有限会社川口硝子製作所

主文

申請人らが被申請人に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮りに定める。

申請費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

事実

第一、当事者の申立

一、申請人らは、主文同旨の判決を求めた。

二、被申請人は、「申請人らの申請は、いずれも棄却する。」との判決を求めた。

第二、申請人らの申請理由

一、被申請人(以下会社という。)は硝子製品の製造、販売業を営む有限会社で、昭和四一年一一月三日解散し、同月五日その旨の登記手続を終えた。申請人らはいずれも右会社に雇用される従業員で、小樽一般労働組合(以下組合という。)の組合員である。

二、会社は同年一一月七日内容証明郵便による書面により申請人らに対し同日付で解雇する旨の意思表示(以下この意思表示を本件解雇という。)をなし、右書面は、同月八日申請人らに到達した。

三、(一) しかし組合と会社との間に同年三月一八日締結された労働協約には、「解雇、配置転換その他労働条件の変更については事前に会社組合双方協議のうえ決定する。」との定め(以下この事前協議条項を協約という。)がある。

(二) そして、本件解雇は、右協約に基づく事前協議を経ないでなされたものである。従つて本件解雇は無効である。

四、申請人らは、いずれも労働者で、会社から受ける僅かな賃金をもつて生活し、会社の社宅・寮に居住している。したがつて本訴確定まで、賃金の支払をうけず、またその間に社宅・寮から退去させられることは、申請人らの著しい損害となる。よつて、申請人らは会社に対し、雇用契約上の地位の保全を求めるため、本仮処分申請に及んだ。

第三、申請理由に対する被申請人の答弁および抗弁

一、答弁

(一)  申請理由一、二および三(一)の各事項は、いずれも認める。

(二)  申請理由三(二)の事実は争う。会社は組合と解雇について事前協議を行つている。

(三)  申請理由四の事実は争う。

二、抗弁

協約は昭和四一年一一月三日、会社の解散と同時に、効力を失つたものである。

第四、抗弁に対する申請人らの答弁

一、抗弁事実のうち、会社がその主張の日に解散したことは認めるが、その他の点は争う。

二、会社は解散によつてその法人格が消滅するものではなく、何時でも継続が可能であるから、協約が解散によつて失効するいわれはない。

第五、疎明<省略>

理由

一、申請人らの従業員たる地位と解雇

被申請人(以下会社という。)は、硝子製品の製造・販売業を営む有限会社で、昭和四一年一一月三日解散し、同月五日その旨の登記手続を終えた。申請人らは、いずれも右会社に雇用される従業員で、小樽一般労働組合(以下組合という。)の組合員である。ところが、会社は、同年同月七日内容証明郵便による書面により、申請人らに対し同日付で解雇する旨の意思表示(以下この意思表示を本件解雇という。)をなし、右各書面は同月八日申請人らに到達した。

以上の事実は、当事者間に争がない。

二、被申請会社の解散と労働協約の効力

(一)、組合と会社との間に昭和四一年三月一八日締結された労働協約には「解雇・配置転換その他労働条件の変更については、事前に会社組合双方の協議のうえ決定する。」との定め(以下この事前協議条項を協約という。)があることは、当事者間に争がない。

(二)、被申請人は、協約は、会社の解散と同時に失効した旨主張するので、まずこの点について判断する。

会社が解散したばあい、その法人格は清算の目的の範囲内で存続する。そして結了すべき会社の現務の中に従業員の解雇が含まれていることは言うまでもない、本件において協約は、その文言により、解雇に際し、その理由の当否、解雇手当、その他解雇の条件等に関し、会社と組合が事前に、十分に協議すべきことを定めていると解される。この事前協議は、会社の解散、全員解雇という異常事態に於てその必要性をいささかも減ずるものではない。会社が解散し、やがては従業員の解雇されることが必然的であるとは云え、会社の解散、全員解雇の理由を通常人の納得しうる程度に組合に説明する会社の義務が免除されることにはならない。まして解雇の条件について組合と協議すべき会社の義務の存続は多言を要しない。従つて協約は会社が解散した場合にも当然適用されるのであつて、この点に関する被申請人の主張は認められない。

三、事前協議の有無

(一)、前述のとおり、協約の定める事前協議とは、会社が組合と解雇の事前に、解雇の理由、条件等について信義則に従つて十分に審議すべきことを意味するものと解さなければならない。そして会社の解散による全員解雇の場合には会社は、組合に対し誠意を以て全員解雇の必要かつ正当な理由、ひいてはその原因である解散が偽装解散ではなく、正当な事由に基くものであることなどについて、組合に対し、通常人ならば当然に納得のゆく程度に説明し、組合から解雇の諸条件等について意見を聴きこれについて折衝するなどして、全員解雇の意思表示をする前に信義則に基く審議を尽くさなくてはならない。

(二)、そこで、本件解雇について、協約の定める事前協議がなされたか否かについて検討する。

いずれも成立に争のない疎甲第一、第三、第四号証、疎乙第一ないし第四号証、同第五号証の二、同第六、第一九、第二〇、第二二号証、証人田子勇八、同川口善正の各証言および被申請会社代表者本人尋問の結果を綜合すれば、次の事実を認めることができる。

(1)  会社の営業は、漁業用のガラス製浮玉を製造販売するものであるが、需要者はいずれも零細漁民で近時の漁業不振により新規購入者が漸減していること、性能のよいプラスチツク製代用品が市販に出廻つたこと等により、次第に事業不振に陥り昭和四〇年七月末日の年間決算においては、約一五〇万円の欠損を出すようになつた。同四一年七月末日の次年度決算においては、帳簿上約三万円の利益が計上されているが資産の中には約三二万円の不渡手形債権を含んでいるので、実質的には損失である。そして会社の経営は、同年一〇月末日現在で、燃料油等の仕入先である三礦石炭株式会社、河辺石油株式会社、土井容器店(以下訴外会社等という。)に対し、合計一六〇余万円の不渡手形を出すまでに悪化し、これらの訴外会社等から燃料油の供給を断わられた。このため会社は燃料油の欠乏を来し、同年一一月二日従業員に対して窯の火を止め、操業を中止するよう指令した。

(2)  そこで組合の役員大原および申請人田沢、同小林らは同日会社代表者らと会見し、操業中止の理由を尋ねたところ会社代表者ら会社側は、経営不振により現状では事業を継続できるか否か不明であるが明三日債権者会議が開催されるので、その結果をみたうえで明後四日にあらためて返答する旨回答した。しかし会社は、同月三日に行われた債権者会議で前記訴外会社等から、燃料の供給を断られたので、同日社員総会を開き、事業の将来の見通しが暗いという理由で解散決議をした。

(3)  同月四日会社代表者らは従業員全員に会つて、債権者が油の供給を断つたこと、製品の販売数量が伸びないばかりでなく、新しい代用品に押されて事業の将来の見通しが暗いことなどを口頭で説明したが、従業員らは納得せず、会社の帳簿等の閲覧を求め、事業の継続を要望したため、物別れに終つた。次いで、会社は、同月七日再び組合と団体交渉を続け、その席上同年一〇月末日現在の貸借対照表(前掲乙第一号証がこれに当る)に基き、専ら口頭で会社の経営状況を説明するほか前回同様の回答を繰返した。しかし組合側の要請はあつたけれども会社は右説明に関する書類、帳簿類を提示せず、組合に閲覧もさせなかつた。組合側は、対策として、会社の赤字に相当する二三〇万円の資金を調達してくる旨申入れたので、会社側は、同月一二日再び団体交渉を行うことを約してこの日の交渉を終えた。しかし、会社側は、組合が前記の資金を調達できるとは考えていなかつたので、同日夕刻右団体交渉終了後、申請人らを含む従業員全員に対し、解雇の意思表示をした。

(4)  会社は同月四日当時、会社がすでに解散した以上組合と解雇について協議する必要はないと考えていた。

(5)  なお組合は会社の解散そのものに反対していたのではあるけれども、組合の態度は会社側のこれ以上の説明を全く無意味と思わせるものではなく、解雇の条件について協議するまでに努力する余地を残さないものではなかつた。また会社側が解雇の条件について協議するよう組合側に提案した形跡もない。

以上の認定に反する疎明はなく、他に右認定を左右するに足りる疎明はない。

(三)、右認定事実によれば、会社は、組合に対し、解散の事由等について一応の説明はしている。けれども、全員解雇という重大事態に当り、会社側の説明を裏付けるに足りる資料を示すなどして組合側を納得させるに足る努力をしたとは言い難く、殊に組合側の資金調達の対策を検討して次回に団体交渉を続行する旨約しながら、これを履行せず、その約束の日以前にしかも解雇の条件について全然協議しないままに解雇通知を発したのであるから、会社が本件解雇について信義則に基き組合と事前に十分に協議を尽したものとは認められない。

(四)、よつて、被申請会社のなした本件解雇は、会社解散の必要性如何にかかわらず本件協約に違反した点において無効というべきである。

四、仮処分の必要性

前掲疎甲第三、第四号証、いずれも成立に争のない疎乙第六号証、同第七号証の二ないし一二、前掲疎乙第二二号証、および弁論の全趣旨を綜合すれば、申請人らは、本件解雇当時いずれも会社の従業員であつて(この点は当事者間に争ない。)、会社から一月当り平均約一万五千円ないし三万三千円の賃金の支給を受けこれにより生計を立てていたこと、申請人山本、同小堀は、会社の寮ないし社宅を借りうけてこれに居住していること、申請人らは、本件解雇以来、雑貨品等の販売により各自毎月約一万円の収益をあげて、これにより生活を維持していることが認められる。

右認定に反する疎明はない。前掲乙第二二号証の一部を以てしても右認定を覆えすに足りない。

してみれば申請人らが本案判決の確定を待つていては著しい損害を被るべきことは明らかである。

よつて本件仮処分は、その必要性がある。

五、結論

以上の次第で、本件仮処分申請は、全部理由があるからこれをいずれも認容することとし、申請費用の負担については、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡垣勲 太田実 加藤和夫)

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